北犬一家


北犬4、南犬1、猫1、人間2で、
2009年に東京を脱出し
八ヶ岳南麓に移住。
現在は古民家を借りて暮らしてます。
登場動物
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裕次郎♂
シベリアンハスキー
2002年11月21日生
団体行動より一人が好き
脱走命&喧嘩上等!
でも本当は一番優しい、
ナルシスト君
2016年7月15日永眠しました。


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まきこ♀
アラスカンマラミュート
2004年11月25日生
群れ意識が強く一人がキライ
飼い主の言う事をよくきく
頼れる我が家のボス犬
我が強いのがたまにキズ


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良太郎♂
チワワ???
2005年10月10日生
一番賢く腹黒い
規格外のデカいチワワ
誰とでも仲良くできる、
我が家の営業担当
2014年7月22日永眠しました。

prohiba.jpg
ひばり♀
ハスキー×マラミュート
2006年8月7日生
すぐ文句ブーブーよくしゃべる
行動が読めない不思議ちゃん
我が家のムードメーカー
癲癇発作の持病あり


probun.jpg
文太♂
アラスカンマラミュート
2006年1月1日生
3歳で繁殖犬を卒業し、
我が家の一員に
頭の中はいつでもお花畑♪
一番デカイけど一番ビビリな
元気いっぱいガサツな野郎


d.jpg
天♂
茶トラ猫
1995年8月くらいの生まれ
猫らしさがない猫
犬がキライでいつも逃げている
我が家の一番の古株動物
2012年2月5日永眠しました。


2.jpg
丼(どん)♂
サウスランドフェレット
2001年8月22日生
犬と対等に遊ぶ最強フェレット
大きい北犬にも負けません
2008年12月10日永眠しました。


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過去記事

丼ちゃん命日 葬儀の様子。

今日は、フェレット丼ちゃんの命日です。

凛々しい顔の丼ちゃん。

早いもんで、あれからもう一年が経つんですねぇ。。。

去年の今日、仕事から帰ったらもう既に亡くなっていた丼ちゃん。

ペットのお葬式って、ちょっと…やり過ぎだよ…と思ってましたが、

丼ちゃんを亡くした時、当たり前のようにペットの葬儀屋さんを

ネットで検索してました。

で、見つけたのが、当時の私の職場に近いペット葬儀屋さん。

亡くなった翌日は一日丼ちゃんと一緒にいて、その次の日に火葬の予約を入れました。

火葬の当日、仕事だった私は、朝、火葬場に向かう車の中で、会社の上司に

「ペットが亡くなり、午前中に火葬に行くので、午後出勤させてください」

と電話を入れました。

その電話口で、最初は普通に喋れていた私でしたが、

急に悲しみがこみ上げてきて、言葉に詰まって

話したいのに何も声にならなくなってしまって…。

電話口とはいえ、上司の前で号泣してしまいました。

上司(女性)は 「あら…なんと言っていいか…遅刻で大丈夫なの?」

と、気を使って優しい言葉をかけてくれたのですが、

その時、会社はちょうど繁忙期で一日休むのは厳しいのを知っていたので、

「はい、昨日一日、一緒にいてあげられたので…

 火葬場も偶然、職場に近いので午後から出られますから大丈夫です…」

と泣きながら説明し、電話を切りました。

葬儀屋さんに近づくにつれ、

「ペット火葬場・反対!!」 「環境悪化のペット葬儀屋・断固反対!!」

という看板があちこちに立てられており、

近所の住民には迷惑がられている葬儀屋だと、一目で分かりました。

でも出迎えてくれたのは60歳くらいの男性と、30歳くらいの男性で、

とても人が良さそうな雰囲気の方たちでした。

丼ちゃんを焼くのに、愛用のハンモックに寝かせ、

エサとリードを周りに並べてあげたのですが、

それを見て葬儀屋さんは申し訳なさそうに、

「ハンモックは完全に焼けず残ってしまうので、

ハンモックは外してください」

と言ってきました。

「愛用だったんです…、一緒に焼いてあげたいんですが…」

とお願いしてみましたがダメで、仕方なく丼ちゃんをハンモックから出し、

用意してくれてあった布の上に寝かせました。

ちょっとした用意があるらしく、「しばらくお待ちくださいね。」と、

葬儀屋さんが奥にひっこんでいる間、

色とりどりの花に囲まれた丼ちゃんをずっと撫で続けました。

「え? 寝てただけだよーん♪」 なーんて目を開けてくれないかな…と思いながら。

その時、ふと丼ちゃんの匂いを嗅ぎたくなった私。

丼ちゃんの体に鼻をつけてみると、

まだ丼ちゃん独特の匂いがしていました。

「そうそう、コレコレ。これが丼ちゃんの匂いなのよ…」

そう思ったら、なんだか不思議な感覚に陥りました。

今、目の前に丼ちゃんがいるのに、いない…。

今、目の前のフェレットは、間違いなく丼ちゃんで、

丼ちゃんの顔も毛も髭も、そして匂いもここにある。

なのに、丼ちゃんはいない…。

なんか、ソレって、すごく不思議…。

あ~、死ぬって、こういう事なんだ…。

体っていうのは、本当に魂の入れ物に過ぎないんだな…。

そう思うと同時に、

焼いてしまったら、もう丼ちゃんには触れないんだ、

この体にも毛にも触れない…

そう、この丼ちゃんの匂いもなくなっちゃうんだ…。

そう気づいてしまった私は

「そんなのイヤだ! 焼きたくない! 亡骸でいい、このまま一緒にいたい!」

と、急に火葬する事を後悔し、キャンセルしちゃおうか?と思い始めました。

しかしそんな事できるはずもなく、剥製なんて、もっと可愛そう…。

そんな事を考えているうちに葬儀屋さんの用意が終わり、

「では、これから火葬に入ります。どうぞ、最後のお別れを…」

と、丼ちゃんを撫でつづける私に言ってきました。

あぁ、、、もうこれで本当にお別れなんだ…

そう思ったら撫でる手を止めることができなくて…。

「では、そろそろ…」

という葬儀屋の促しでやっと手を下ろして…

でも、でも、最後に丼ちゃんの匂いを嗅いで脳裏に焼き付けておきたい!

そう思った私は、丼ちゃんにキスをするフリをして匂いを嗅ぎました。

そんな私を見た旦那と葬儀屋は、ちょっと苦笑いしてたような気がします。

こうして丼ちゃんは焼かれていきました。

「まって! やっぱり焼かないで!」

そう叫んでしまいそうな自分を必死に抑えながら、

空に登る煙を泣きながら眺めていました。

すると葬儀屋さんが私達に、

「ハーブの一つ、ローズマリーですよ。よかったらどうぞ」

と、小さな苗を手渡してくれました。

へぇ、ハーブって育てた事ないけど、育ててみよう。

そして、このローズマリーを収穫するたび、丼ちゃんを思い出すんだ…。

私は大事にその苗を抱えました。

骨になった丼ちゃんは、葬儀屋さんに褒められてました。

「普通、フェレットの骨はもっと粉々になってしまうのに、

 丼ちゃんは骨がシッカリした子だったんですね。

 ほら、全ての骨がこんなにキレイに残ってますよ。

 頭部の骨が大きい! 立派ですね! 
 
 私、初めてこんな立派なフェレットを見ましたよ」

とても嬉しい言葉だったけど、

「あ~、丼ちゃんの事を褒められて親バカになって喜べるのもこれが最後なんだ」

そう思ったらまた悲しくなってきました。

骨を見ながら葬儀屋さんが、

「亡くなる直前、何か投薬とかしていましたか?」 と聞いてきました。

いえ、直前どころか、今まで病院にかかったこともないし、

モチロン、投薬もしたことないんですよ、

そう答えると、丼ちゃんのお腹のあたりにある緑色の物を指して、

「これは消化しきれなかった薬かと思ったんですが…

 じゃぁ、消化しきれなかったフードかもしれませんね。

 フードに入ってる成分で焼けずに残る物もあるんですよ、たまに。」

へぇ、そんな事もあるんだ…。 焼けない成分なんて、なんだか体に悪そうだなぁ…。

葬儀屋さんが、骨の事やその他、色々な話をしてくれたおかげで、

私はだんだん平常心を取り戻していきました。

だから、あの、「チーン」という鐘の音を鳴らす時、

旦那が鳴らし損ねて 

「ガスッ…」

と変な音をたててしまい、慌ててる姿を見た時は、

大爆笑してしまうほどまで、私の気持ちは回復していました。

こうして無事に丼ちゃんのお葬式・告別式も終わりました。

旦那は丼ちゃんと一旦家に戻ってから仕事へ、

私はそのまま仕事に行きました。

職場に入ると、先輩が私を見て悲しそうな顔をして笑って頷いていました。

「あ、この人は私の遅刻の理由、聞いたんだな」

そう思いながら上司に挨拶に行くと、

「もう大丈夫なの? 休んでなくて平気なの?」 と気遣いの言葉をかけてくれました。

はい、大丈夫です。ご迷惑をおかけしてすみません、

そう言って自分の席に行きました。

あぁ、優しい上司でよかった…。

そんな事を思いながらふと見ると、

私の机の上に一枚の紙が置いてありました。

それは… なんと、残業依頼の用紙。

大丈夫? なんて聞いておきながら、残業はさせるのね…。

アンタも、容赦ねぇなぁ…。

そんな思いで上司をチラッと見てみましたが、

気まずいのか、あえてこっちに背中を向けているようにも見えました。

ま、会社なんて、こんなもんだよなぁ…。

むしろ、ペットの葬儀での遅刻を容認してくれただけでも優しい会社か…。

でも仕事が忙しい方が気持ちが紛れていいから、と、

その日はキッチリ残業して帰りました。





こんな丼ちゃんの葬儀からもう一年が経つんですね。

本当に、一年って早い!





私は丼ちゃんに関しては後悔ばかりです。

それは、ブログ記事にもしましたが、

その後悔の気持ちは消えず、今も私の心にしっかり染みついています。

いや、染みとして残すのが私の償いのような気がするんですよ。

「あーしてあげればよかった」

「こうしてあげとけばよかった」

そんなふうに、



いなくなってから後悔するような飼い方はしちゃいけない。



丼ちゃんのおかげで、そんな当たり前で大切な事を勉強する事ができました。


ありがとう、丼ちゃん。




日向ぼっこしてる丼ちゃん
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裕次郎とも仲良しだったよね~
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眉毛が変な方向なのはきっと、寝グセだね。
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大嫌いなシャンプーされて、どよ~んとしてる丼ちゃん。
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これが丼ちゃんのお部屋~
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写ってるハンモック、これは春・夏用。

今、丼ちゃんは、

一緒に焼けなかった例のお気に入りのハンモックに入って寝てます。




さ、丼ちゃん、

次は何に生まれ変わって私達の家族になるのかな~?

わんこかな? 猫かな? それともまたフェレットかな?

丼ちゃん、待ってるからね!

☆ちなみに、葬儀屋さんに貰った丼ちゃんローズマリーは、
 その後すぐにひばりにイタズラ&食べられてしまいました…。☆
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不思議体験・あると思います!長文ですが…。

昨日、河原をわん達と散歩をしていて、ストレッチをしている人に会いました。

よく見ると、それはわん友達・ミルクちゃんのママでした。

ミルクちゃんは、名前から想像できる通りの真白のフワフワの毛をした、テリア系の子。

大きさは裕次郎と同じくらい。

何度も河原で、わんこ散歩ですれ違っていたのですが、

向こうがわんことの接触を避けている、

そんな印象だったので、こちらから無理に近づく事はしていませんでした。

それでもやはり、何度も河原でわんこ連れですれ違ううちに、

わんこ同士も挨拶するようになり、

飼い主同士も挨拶やちょっとしたお話をするようになりました。

お話して知ったのは、ミルクちゃんはもう10才を超えていて、

数年前から目が全く見えなくなっているという事。

高齢の上に盲目。わんことの挨拶はとても神経を使わせてしまうのだとか。

なので知らないわんことの挨拶は極力避けていた、との事。

そんなミルクちゃんですが、我が家のわん達とは

挨拶してくれるようになっていきました。

そして、我が家のわん達のカウベル

(我が家のわん達はみんな着けている)の音が聞こえると、

その場で立ち止まり、私達が挨拶に来るのを待ってくれるようにまでなりました。

目が見えないので、においをかいで我が家のわん達だ、と確認。

挨拶して納得すると、また散歩再開してさっさと行っていまう、という、

マイペースぶりが可愛い子。

そのミルクちゃんが、年明けそうそうに亡くなっていたと聞いたのはつい数日前。

他のわん友達から伝え聞いて知ったので、

ミルク・ママと直接お話しするのは昨日が初めてでした。

ミルクちゃんは亡くなる前日、いつになくとってもハイパーに元気だったそうです。

そして翌朝みると、すでに息はなかったんだとか。

そして、ミルク・ママは

「こんな事言ったら、頭オカシイんじゃないの?って言われるかもしれないけど…」

と前置きをして、こんな話をしてくれました。

「ミルクはね、まだそばにいるような気がするの。

 ミルクがいなくなっても私一人で散歩には出てるんだけどね、

 私が、疲れた~って歩くのをやめようとすると、

 私の膝の後ろを何かが押す感触がするの。

 実はそれって、ミルクがまだ目が見えてて元気に歩いていた頃、

 私によくやっていた事なのよ。」

それからこんな話も。

「ウチの庭にね、よく野良猫が来ていたんだけど、その野良猫とミルクはよくベランダで、

 網戸越しに鼻と鼻を突き合わせて挨拶していたの。まるでお話してるみたいだった。

 で、ミルクが亡くなってからすぐ、庭のミルクを埋めた場所にね、
 
 鳥の死骸が置いてあったの。

 まるでお供えしているみたいに。

 私ね、きっとあの野良猫がミルクにって置いて行ったんだと思うの。」

そしてさらにこんな話も。

「私一人で散歩に出ても、通り過ぎる犬が私に挨拶するのよ。本当に、頭を下げてね。

 ウチの隣の家の犬達もね、ミルクが亡くなってから私の顔を見ると、

 かすかに頭を下げるのよ。

 今までそんな事されたことなかった犬達なのにね。」

今まであまりペラペラと話をするミルク・ママを見たことがなかったので、

この時のたくさんお話をしてくれるミルク・ママを見て、とても心が痛かった。

でもこの話を聞いて、頭がオカシイと思うどころか、私は羨ましかった。

私はこのような経験はしたことはないけど、でも、実は旦那はあるんです。

我が家も去年の暮れ、フェレットの丼ちゃんを亡くしました。

そして四十九日の少し前、旦那は丼ちゃんの音がした、と言うのです。

丼はいつもハンモックで寝ていたのですが、

ハンモックから「ドタン!」と音を立てて降り、

その後、水を飲む「カラカラカラカラ」という音がするのがいつものパターンでした。

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その「ドタン!カラカラカラカラ」という音がした、というのです。

でも、亡くなる少し前から丼は体が弱っていたので

ハンモックから降りることができなくなっており、

水もハンモックを下りずにハンモックに乗ったまま

変な姿勢で水を飲むようになってたので、

「ハンモックを下りるドタッ!って音がした。」

それで旦那と私は安心したんです。

今、丼ちゃんは元気なんだね、って。

元気だった頃の丼ちゃんに戻れて、ハンモックも自由に上り下りできるし、

水もハンモックを下りて正しい姿勢で飲めてるんだねって。

丼ちゃんの火葬から帰って、骨壺を飾りお花も添えて、お線香を焚きました。

旦那は仕事に行ってしまい、居間で一人、丼ちゃんの骨壺を見ながら

「今、丼ちゃんはどこにいるんだろう…?」と考えました。

そして骨壺に向かってこう言ってみました。

「丼ちゃん、まだここにいる?もしいるんなら、この線香の煙を揺らしてみて」

すると、今までまーっすぐに上っていた煙が、ゆら~…っと揺れるではありませんか。

自分で言っておいて、「げげっ…本当に揺れちゃったよ…」と軽くビビった私。

しかしそれは暖房をつけたおかげで

部屋の空気が循環してるせいで揺れただけみたい。

実際、その後も何も言わなくてもたまにゆら~っと揺れますから。

でもその後、天ちゃんとまきこが、

骨壺のあたりをジッと見つめる事が何度かありました。

たぶんこれは本当に見えていたんだと思います。

こんな話は信じる人と信じない人といると思います。

でも世の中ってきっと、

その立場に立ってみないと分からないことばかりだと思うんです。

ミルクちゃんの膝を押す感触も、

丼ちゃんの「ドタッカラカラカラカラカ」て音もみんな本当。

私は、

あると思います!

☆丼ちゃん、私にも音を聞かせておくれ~
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丼ちゃんメモリアル

二週間前の前のネタですが。

丼ちゃんも一緒に日光浴です。

裕さんはウトウト、まき子はスヤスヤ。

でも丼ちゃんはモソモソ動きますよ~。

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ひなたぼっこ、ポカポカして気持ちいいよね。
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まきちゃんの顔って、丼ちゃんの何倍の大きさ?
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あのー、ここ、オレの場所ですが・・・。
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丼ちゃんはそんな裕さんの視線なんて、気にしなーい。

裕次郎とのツーショット。
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裕さんも一杯遊んでもらったよねぇ。

小さい生き物の扱い方の先生は、丼ちゃんでした。

ちょっと強く噛むと丼ちゃんの制裁の牙が突き刺さるので、

わん達もカミカミ遊びのチカラ加減を覚えたようです。

小屋掃除等、丼ちゃんの世話は旦那の仕事でした。

でも、遊んで興奮した丼ちゃんがカプリと咬みつくのは旦那だけ。

私に咬みついた事はありません。

こんなイタチにも、誰はおちょくってよくて、誰は逆らってはいけない…等、

そんな人間の上下関係はよめてたらしい(笑)

フェレットって、頭いいんですよね。

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んー、かわえぇのぅ♪

火葬する前日、一日中一緒にいて、夜も寝室に連れて行って、

枕のそばに丼ちゃんを置いて寝ました。

夢に出てきたり、幽霊でもいいから丼ちゃんが現われてくれるといいな…。

そう思いましたが、結局、丼ちゃん現れず。

ペットのお葬式とか火葬とかって、みんなペット産業に踊らされてるよなぁ…。

そう思っていましたが、いざ自分のペットが亡くなると、ちゃんと葬式してあげたくなりますね。

丼ちゃんの火葬をお願いしたところで、簡単なお葬式もしてくれました。

その時の様子はまた今度アップしますね~。



丼ちゃん、ありがとう。

もし良かったら、どんな動物でもいいから、

また我が家の子として生まれ変わってきてね。

待ってるよ~。

☆また丼ちゃんに会える日を楽しみにしながら。
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丼ちゃんについて②

私が丼ちゃんに謝らなければならないもう一つの理由。

まず、丼ちゃんが我が家の子になったいきさつから。

丼ちゃんが私達の子になったのは、まだ私達が同棲している時。

全く日の当たらない、ヤツ(ゴ○ブリ)さえも住みつかない、

ダンゴ虫が普通に部屋を歩いているような、木造オンボロアパートに住んでいた私達。

本当は犬を飼いたかったけどアパートなので無理。

そんな時、ある公園で長細い何かを散歩させているカップルを見掛けました。

あれは何?とよく見てみると、当時、ペットとして流行っていた

「フェレット」だという事が分かりました。

早速フェレットについて調べてみると、

鳴かないし、必須ではないけれど犬のように散歩ができるし、世話がラク。

でもただの小動物とは違い、飼い主の認識もちゃんとしてくれ名前も理解する。

賃貸の部屋に住む一人暮らしの人にも飼える

「これだ!」と思った私達が真っ先に向かったのは、

当時、二子玉川にあった「たまいたち」という、フェレット専門の店。

大きめでガッチリしたフェレットがいいと店員さんに伝えると、

それならサウスランドフェレットがいいのでは?と。

フェレットにも出身やブランドによって色・形・大きさ等、タイプが色々あるらしい。

で、サウスランドのベビーが入ったら連絡をもらえるようにし、帰宅。

数日後、たまいたちから連絡がきて、我が家にやってきたのが、丼ちゃんでした。

名前は、先住猫が天ちゃんだから、二匹あわせて「天丼」にしよう、という事で丼。

「最初の頃は寂しさからか、夜鳴きをするかもしれません。

そしたら話しかけたり抱っこしたりして安心させてあげてください」

というたまいたちの店員さんのアドバイス通り、丼ちゃんも夜鳴きをしました。

「大丈夫だよ~寂しくないよ~ここが丼のお家なんだよ~」と言いながら、

抱っこしてあやしてあげました。

夜鳴きも最初の2、3日で、すぐに自分の家と理解してくれて、元気一杯の丼ちゃん。

ボールを転がすと走って追いかけてって、ボールに追いつくとかじってみたり、

猫用のネコジャラシのオモチャでも遊んだり、

置いておいたハンカチをくっちゃくっちゃ噛んで、結局、一部分を食べちゃったり。

本当にイタズラっ子で、ちっともジッとしない落ち着きのない子でした。

でもこの元気さがサウスランドフェレットの特徴らしいのです。

マーシャル社のフェレットはもっと落ち着いた穏やかな子ばかりなんだとか。

でも私達はこんな丼ちゃんが楽しくて可愛くて仕方ありませんでした。

丼ちゃんを連れて色々な所に行きました。

公園はモチロン、普通に犬のように、ハーネスとリードで近くのコンビニまで

散歩がてら買い物に行ったり、当時、車を持っていなかった私達は、

レンタカーを借りて伊豆旅行もしました。

ペットOKの宿に予約を入れる時、「ペットはわんちゃんですか?猫ちゃんですか?」

と聞かれ、「フェレットです」と答えると、「はぁ?…フェ?」と聞き直されたりして。

「小さなイタチみたいなもんです」と答えると、宿泊を断られる宿もありました。

そんな中、家族で経営しているような小さな民宿が

「なんかよく分からないけど、ペットならいいですよ」とOKしてくださり、

実際に連れていくと「カワイイわぁ。こんなペットもあるのねぇ!」と歓迎してくれました。

あのおばちゃんと民宿は今、どうなってるんだろう…。

サウスランドフェレットの丼ちゃん、ジッとしない暴れん坊だったので、

車の中で抱っこしていてもよじ登ろうとしたり、車の中を徘徊したがるので、

こっちも、ちっとも落ち着かない。

抱っこすれば「降ろせ~!」とジタバタするし、それならばと地面を歩かせると

「抱っこして~!」と足をよじ登ろうとしてアピール。

で、抱っこするとまた「降ろせ~!」とジタバタ。

どうしたいのか、何がしたいのか全く分からない子でした。

なので私達はやっぱり本当の犬が飼いたくなって、今の家に引っ越してきました。

引っ越してすぐに念願のハスキー・裕次郎が我が家の子に。

裕次郎は子犬の頃、本当にやんちゃでイタズラっ子で手がかかる犬だったので、

私達は毎日がヘトヘト。

そして次第に丼ちゃんの存在が二の次になっていってしまったのです。

裕と丼ちゃんを連れて河原を何度か散歩しました。

でも抱っこされる事も、地面を自分で歩く事も、ナゼか嫌がる丼ちゃん。

二匹一緒の散歩はかなり疲れるので、

次第に散歩は裕次郎だけになりました。

そして裕次郎が手がかからなくなってきた頃にまき子が我が家の子に。

その後、良太郎、ひばりと立て続けに我が家の子に。

丼ちゃんを外に連れ出す事がなくなりました。

丼の小屋掃除などの世話は旦那の仕事だったので、旦那は毎日丼ちゃんを見ていましたが、

私は犬育てや自分の色々な事で精いっぱいになってしまい、

丼ちゃんの顔を一度も見ないで終わる日もありました。

そんな、私にとって丼ちゃんとの生活が空白の時期がありました。

そしてある日、ふと思ったのです。

私、丼ちゃんの存在をないがしろにしている、と。

そう気づいた時、丼ちゃんはすでにフェレットにしては高齢の域に達しており、

逆に重荷になってしまうという事で、ワクチンや外出も控えるようになっていました。

「私はここ数年、丼ちゃんの事を全くかまってあげてない…。

 昔はあんなに可愛がっていたのに…。」

それから今までよりは丼ちゃんと過ごす時間を増やしました。

でもやっぱりお出かけの時は丼ちゃんは留守番…。

犬が主体の毎日…。




もっと外に連れ出してあげればよかった…。

好奇心旺盛な丼ちゃんだったのに。

河原も家のすぐ目の前なんだから、もっと一緒に河原散歩に連れて行ってあげればよかった…。

だから 「丼ちゃん、かまってあげなくなって、ごめんね」なのです。

亡くなる数日前、わん達の日向ぼっこに丼ちゃんも出してあげました。

思えば家から出る事が久し振り。

寒さが体に堪えないようにと、布を敷いてあげて、日光浴。

最初は寒さでブルブル震えていたけど、次第に慣れてきてあちこち徘徊する丼ちゃん。

そんな丼ちゃんを見て、

「もっとはやく気がついて、色々な所に連れて行ってあげればよかったな」

そう思っていました。

春になって暖かい季節になったら抱っこして河原に連れて行ってあげよう。

そう思っていました。

そう思って、数日後…。



ごめんね、丼ちゃん、私、気付くのが遅かったよね…。

こんな自分勝手な飼い主で、ごめんね。

本当にごめんね。




「もっとこうしてあげればよかった」

「もっとあんな事してあげればよかった」

いなくなってから、こんな風に思ってしまうような飼い方は絶対にしちゃいけないんです。

そう思っていた、分かっていたハズなのに。

そりゃ、最初の頃は色々お出かけしたり、遊んだりした。

でも、犬が来てからの私は、どれくらいの時間を丼ちゃんと過ごした?

丼ちゃんに何をしてあげた?

毎日、夜、運動がてらわん達と遊ぶ丼ちゃんしか見ていなかった。

で、結果、最後も丼ちゃんを独りきりで逝かせてしまったんじゃないか…。

本当に後悔でいっぱいなんです。

こんな話をすると旦那は「そんな事はないよ。お前もちゃんと可愛がってあげてたじゃん」

そう言ってくれます。

ハタからみたらそう見えるのかもしれない。

でも私は自分で自分が許せないのです。

数年前の自分に会えるのなら、こう言ってやりたい。

「もっと丼ちゃんにも目を向けて。かまってあげて。」 と。

だから皆さんも、

あ、皆さんは分かっていますよね。

愛する我が子に、今してあげられる事は、今してあげないと、

私のように後悔してしまいます。

今日、今を大切に、ちゃんと向き合って一緒に暮らしていって欲しいのです。

こんな私が言える事じゃないけど、後悔しまくりの私だから言えるのです。

私達に明日はないかもしれない。

それは動物も人間も同じ。

もうこんな後悔はしたくない。

だから忘れないように、と、記録としてブログに載せてみました。

本当はまだ気持ちは落ち着いていません。

でも、いつもでもメソメソ、暗い顔をしていては、わん達、天ちゃんも楽しくない。

あ、旦那もね。。。

だからこんな湿っぽい暗い記事は今日で終わり。

次からはいつもの北犬一家のブログに戻ります!

長い文章、最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。

丼ちゃんについて。①

丼ちゃんが亡くなって一週間が経ち、やっと落ち着いてきた私です。

丼ちゃんは、12/10水曜日、私が仕事から帰ってきて、

わん達をゲージから出し、おかえりなさいの歓迎を受け、ふと丼ちゃんのゲージに目をやると…。

ハンモックの上で長く伸びている丼ちゃん。

一目で亡くなっている事が分かりました。

慌てて丼ちゃんを触ってみましたが…やっぱり息をしていませんでした。

丼ちゃんを抱っこした私は、

「ごめんね」

この言葉しか言えませんでした。

何度も何度も丼ちゃんに「ごめんね、ごめんね」と言いました。

何万回も言ったら丼ちゃんが目覚めるんじゃないか?

そんな、なんの根拠もない、すがるような思いがあったので。

でもやっぱり駄目でした。

二度と丼ちゃんは目覚める事はありませんでした。

見ると、ハンモックに血がついていました。

ハンモックの真下の床も血で染まっていました。

お尻から出血したらしく、血が付いていました。

確かに今年夏過ぎくらいから丼ちゃんの体に異変がありました。

皮膚が荒れて毛が抜けてハゲが何か所かできていました。

裕次郎用の皮膚炎の子用の優しいシャンプーで洗ったら少しよくなりましたが、

それでもしばらくすると炎症とハゲが広がっていました。

尻尾の毛も薄くなりはじめました。

そして後ろ脚を引きずるようになりました。

思うように動かないらしく、ツルンと滑ったりコテっと転んだりしながら歩くようになりました。

でも丼ちゃんももう高齢だし、薬や手術や入院というストレスを与えてまで

延命するつもりは私達にはなく、「このまま自然に任せよう」と、何もしませんでした。

数か月前からハンモックを降りるのがイヤなのか、降りれないのか、降りても登れないのか、

ハンモックの上や中でトイレをするようになりました。

だから床すれすれの高さにハンモックをセットしてあげましたが、

それでもエサ・水飲み・トイレすべてをハンモックの上で済ませるようになっていました。

そんな様子を見て、「考えたくないけど、もう長くないのかな…」

と思うようになっていました。



だから、丼ちゃんが亡くなったのは覚悟していたと言えば覚悟していました。

でも…でも…。

なにも、よりによって、私達がいない時に…。

一人で逝かせてしまって…ごめんね、丼ちゃん。

もう息をしていない丼ちゃんを抱っこしながら、私には「ごめんね」という言葉しか出ませんでした。

丼ちゃんが息を引き取る瞬間に一緒にいてあげられなかった。

基本、鳴かないフェレットだけど、爪がハンモックに引っ掛かってしまった時、

まるで「助けてー」と言ってるみたいに「キューキュー」と鳴くのですが、

出血した時も、びっくりしてキューキュー助けを求めて鳴いたのかもしれない…。

なのに誰にも「大丈夫だよ」と言ってもらえないまま息を引き取ったのかな…。

不安だったろうな、寂しかったろうな…。

そう思うと、「一人で逝かせちゃって、ごめんね、丼ちゃん」

そんな「ごめんね」しか私には言えなかった。

たとえ一緒にいたって、私は何もしてあげられなかっただろうし、

丼ちゃんの死を止められなかったかもしれない。

でも、最後の瞬間、一人にしてしまった事が、今でもどうしても悔やまれてならないのです。

そして、私が丼ちゃんに謝るもう一つの理由があります。

それは、「丼ちゃん、かまってあげなくなって、ごめんね」です。

その理由は、我が家に丼が来た頃の話から始めたいと思います。

②へ続く。